| 小舟で進んで行く雰囲気があります |
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| 聴秋閣正面から、ひずみが大きいです |
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| 旧天瑞寺寿塔覆堂 |
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| 対称に天女 |
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| 笙? |
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| 笛 |
この聴秋閣であるが、縁側のところに組み物が見られる。普通の組み物は上方にあるので、違和感を感じる。この楼閣は城郭での天守閣に相当するものなのかもしれないと思ってきた。確かに2階には花頭窓があり、ここから三重塔が見えるはずだが、臨春閣など見下ろす位置にある。
望楼がつけられた建物で、西本願寺の飛雲閣のイメージと重なってくる。天守閣の末裔的な建物かもしれない。
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| 斜め左からの聴秋閣 |
| 拡大図は左からふすまの三重塔、欄間の笛(中央二つ)、右が笙 |
(追記)
日本の庭園美7、三渓園、集英社発行(一九八九年八月二三日第一刷発行)
この中に、「稀代の傑作庭園」として白崎秀雄氏の解説がある。
最後の方に、山縣有朋が庭造りが大好きで、小田原の古稀庵も、七〇の明治四〇年(1907)に造営し、隣の益田鈍翁別邸と共同で山頂に水道を造って水を引き、庭内で滝にして落とすかたちにしたのが、自慢だった。
四二歳の原は益田の引き合せで初めて古稀庵を訪れ、滝の前に行き、山縣に感想を求められると、
「閣下、失礼でございますが、この滝は滝になって居りませんです」
と、言い放った。益田は巨軀をちぢみ上がらせて色を失う。
「なに、滝になっていないと?」
と、山縣は尖った顴骨《かんこつ》を一層尖らせて問い返す。
「この滝の岩石の配置などはどうでもよろしうございますが、肝腎の滝の流れのひびきに命がございません。言葉で表すのは難しうございますから、どうか私の造りました三渓園の滝を一度ごらんいただきとう存じます」
謙虚な人柄を以て知られる原ではあったが、こと三渓園に関してはそう断言してはばからぬ確信を持っていたのである。
・・・・
と書いてある。原には変質的なところがあるのかもしれないが、音にこだわっていたことは確かであると思う。











